条件付降伏の「ポツダム宣言」が・・・

 昭和20年8月15日、日本は「ポツダム宣言」を受諾しました。これにより日本の戦後は終わりました。


このときは米・英・中(中華民国)・ソ連(後から加わる)による対日共同宣言でした。


これを受けて、天皇陛下が終戦の詔をラジオで放送され、大東亜戦争は終わりました。


日本は無条件降伏を受け入れたようにいわれていますが、このときの無条件降伏は日本軍に対して求められたもので、日本国そのものではありませんでした。


その理由は、ドイツはヒトラーが戦死し、ドイツは政府もなくなり、国としての交渉相手がいませんでした。そのためドイツは無条件降伏させられました。


しかし、日本は違い、政府も交渉相手(天皇)も存在していました。それでポツダム宣言では条件付きの降伏でした。軍隊においては無条件降伏です。


条件としては「天皇制を残すことと究極的な政治形態を決める権利は日本人にある」という回答を得たからこそ『ポツダム宣言』を受諾しています。


この時点では陸軍は「負けたのは海軍であり、陸軍は負けていない」としていましたが、最終決断は天皇陛下が決断されました。


同年9月2日 東京湾停泊のミズリー号にて日本は『ポツダム宣言』を受諾の調印式が行われました。これにより「条約」となりました。


このあと、米国のトルーマン大統領が占領軍マッカーサー最高司令官に「連合国と日本とは契約的基礎の上に立つものでなく、無条件降伏を基礎とするものであって、日本はマッカーサーの命令に遵守するもの」という内容の通達がありました。


そのため、この後日本は無条件降伏したような占領政策を取られました。国民主権のない状態での『日本国憲法』制定や左翼的政策による教育改革、宗教政策など、日本を二度と強くさせない政策を押し付けられました。


戦後70数年、未だに自信を取り戻すことができない日本です。しかし、危機は迫っています。72年前と同じぐらい国家存亡の危機が静かに、水面下で進んでいます。


米国は同盟国であり、信頼できる面もありますが、これからは対等のパートナーとしての関係が求められます。そのためにも日本は独立国として強くなる必要があります。新しい「令和」の時代改新の時代だと確信しています。「令和」の意味には「明日への希望を共に、日本人一人一人が大きな花を咲かせる」という願いが込められています。


幸福党は必ず日本の誇りを取り戻し、日本を護るために国防を強化し、真の独立国として世界に貢献できる国に作り変えていきます。
憲法記念日に日本の憲法制定において必要な情報と思い、アップさせていただきました。

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